羊のことば

小さく小さく

宇宙人になりそこねた猫

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この老境の猫は、そろそろエイリアンになる頃合いだと思い立って、すっかり用意を整えてから事にあたったのだが、どうも大元から間違えてしまっていたらしく猫でもなくエイリアンでもない、なんだかわからない存在になってしまった。

これは当の老猫にとっては大変不名誉なことで、端から見る者にとってはなんとも可笑し味のある出で立ちだった。

(不本意だ。こんな身なりで、私は晩年の集大成を過ごさねばならんのか。)

不平は言えども誰の耳にも届かない。

そもそもどうして老い猫はエイリアンなぞなろうとしたかだが、そのところからしてすでに滑稽な意味合いを含んではいた。

このしわくちゃキャットにとってはエイリアンは不死の象徴であって、中でも飛び抜けて由緒ある不死の具現であったらしいのだ。

どこで聞き知ったか、エイリアンは地球を侵略するもの、地球の王者である人間を震え上がらせるものであり、地球の王者とはすなわち命に限りある者の代表で、それを食い尽くすものは生の境界を超えたる者と、そういう風に合点したらしい。

エイリアンはきっと火星に住んでいて、頭上には光、肌は空と同じ色をしていたに違いないと、猫は理想に胸膨らました若年を過ごした。

このように老年に至り、ようやく永らくの夢を叶えるときが来たと、魔法の宿るごみ捨て場に住まう金歯の人間に知恵を借りたのは今年の六月頃。 人間は口周りの長く灰色の毛から不思議な果物を取り出して、老猫の口の中に詰め込み、おまけとして提灯の中にあった電球を狭い額に挿した。

「おお古猫よ。化け猫になろうと企むよりかは遥かに立派な心がけじゃ。わしはささやかにでもお主の力になれたなら大層嬉しい。」

余計なことなのに、金歯をはめたホームレスはあわれ目を輝かせた老猫に自分の歯ブラシでブラッシングしてやった。

ほどなくまばゆい光を放ち老猫は現在あるような身体を見事手に入れたのだった。

(騙されたと主張したとしても私に過はないはずだ。その証拠に、私はちっとも宇宙に飛び立てないじゃないか。)

ふてくされてはいるが、この猫の称えるべきところは、もうすでに自らに振り掛かった境遇を受け入れつつあることだった。 猫は頭上に垂れ下がるこの光る物体がどういうものか色々と試してみたくてたまらなくなっていた。

(検証のためのラボを建てなければならないだろうな。それから私の研究を手伝う助手を見つけてこなければ。)

前途多難な老猫は私たちには幸運なことに楽天的だったのだ。 不死を理想とするほどにこの猫はあくまでも生に執着していた。

私は彼をグレイと名付けてもう少し観察してみることにしたい。