羊のことば

小さく小さく

レセプションとして心

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受容体として心はある。

 

そして心こそがその表出物の源泉たる揺らぎの媒体である。

 

あらゆる表出、表現、表徴は心より出で、心を指示するもっとも効果的な方便となる。

 

心由来の品には最上級の値が付くのだ。誰も買い取れないほどで、しかし誰かは買い取れる程度の値が。

 

レセプションたる心はモナドである。

 

それ事態は変質しない。ただ外界を、心の質に依り変形させて、映し出す。それはすべてを反射するのではなく、一部分だけアレンジしてまた外界へ返す。

 

見よ、それこそが世界の本質だったのだ。

 

我々の受容するものがそもそも反射されたものでないことがない。一番に近くて自分の反射物をしか見ることができない。

 

表されたものについてひとつのポリシーが立ち上がる。それは誰かの所有であることよりむしろ配列であり、配列がなにであるかと言えば、あるポジションからのランドスケープなのだと。

 

作品というものはその表出物を指すよりはむしろ表出者である作者自身を指すのだ。

 

これは中心性の欠如、無に取り込まれた(現実と和解した)形而上学プラトンのコーラ、もしくはもののあはれリバイバルを宣言するものだろうか。